北海道社会学会 Hokkaido Sociological Association Sorry ! This Web Site is mainly written in Japanese. |
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北海道社会学会の会長に選んでいただきましてありがとうございます。2年間の任期で、どれだけのことができるのか、心許ないところがあると思いますが、よろしくお願いいたします。 この文章を、東京オリンピックがあと一週間ほどで始まる時期に書いています。いつの頃からか、オリンピックは胡散臭くてイヤだなという気分を持つようになりました。国や地域の旗を背景にした映像の見過ぎだろうと思います。 5−6年前に、ある大学の入学式に行ったとき、その大学の法人の立場の制約でしょうけど、講堂の壇上に日本の国旗が置かれています。ところが、二階席前縁の手すりから、30枚くらいのさまざまな国旗が横並びに掲揚されて、壇上を三方からぐるりと取り囲んでいます。学長の説明では、その大学に留学に来ている学生の出身国の旗だそうです。そういうやり方があるのねと思って、ちょっと良い気分になったのを覚えています。 今回のオリンピックを開催する目的が何なのか、明確な説明を聞いた覚えはありません。こういう雰囲気(雰囲気という曖昧な言葉でしか表現できないのが情けないですけれども)は、1941年にアメリカとの戦争の際の指導部にもあったと聞いています。「当時の海軍士官の多くは「実は戦争には反対であり」「戦えば必ず負ける」と考えていたにもかかわらず、組織の中に入るとそれが大きな声とはならずに戦争が始まり、間違っていると分かっている作戦も、誰も反対せずに終戦まで続けられていった」(澤地久枝・半藤一利・戸煦齔ャ、2011、『日本海軍はなぜ過ったか』岩波書店、p.vii)。このような雰囲気は、国の政策レベルだけではなくて、身近な組織にも普通にあることに気がつきます。 前会長の梶井先生が指摘なさっているように、本学会にとって「会員数の減少は数年来の大きな課題」です。その傾向が大きく変わるとは私も思っていません。けれども、梶井先生がおっしゃるように「アカデミックな伝統は残しつつも、知的な刺激と居心地の良い敷居の低さを共存できないか。「社会学する」という楽しさを、もっと広く共有するにはどういう仕掛けが必要か」という点は、本学会の現状に照らして、現実的な問いかけだと思います。顔がみえる程度の小さなコミュニティを、「アカデミックな伝統」と「知的な刺激と居心地の良さ」を特徴とする、会員相互の交流の中で作り上げていくという方向性を考えていければ良いなと思います。 コロナ禍で大会などをオンラインで開催することが続いています。対面でお目にかかって話をしたいという気持ちが一方でありながら、他方では、道外の会員の方々が大会に参加するコストは低くなっているというメリットもあるのかもしれません。道内外の会員の皆さま、いろいろとお知恵をお貸しいただければありがたく存じます。また、同じ理事会のメンバーの皆さま、2年間、よろしくお願いいたします。 来年は第70回という節目の大会ではありますが、肩肘張らずにできることをやっていきたいと思います。
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